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またやってくる。

  • 2009/04/27(月) 19:05:05

手術の病理結果と、CT&MRIの結果を聞きに行く日が近づいています。

世の中がGWで浮き足だっている中、私は病院かぁ。

どうか、聞きたくない結果が出ませんように。
どうか、妊娠したことで、それによってこんなにも時間が空いてしまったことで
悪い結果が出たりしませんように。

センセイは、私が何も言う前から摘出手術日の設定をしていました。

6月上旬です。

ただし、結果によってはそれまで待てないこともある、
その時は早く手術ができるのであればG病院で予約を急いだほうが
いいと言われました。

G病院は、縮小手術できるかもしれない。
体がんの手術数は日本一らしい。
病院もホテル並みでキレイだし、患者の過ごしやすい配慮がなされてる。
だから、一度は転院したのだけれど、

でも、今はこの病院にもどりたくな?い。

実は、ここの担当医が今まで書かなかったけどかなりのドクハラ!

執刀は先生がしてくれるのですか?と以前質問した時に、
「あなた程度の手術は、私は執刀しないよ!若者に経験を積ませなくちゃ
成長しないでしょ?あなたは、若い医師で十分」
と言われたこともあってそれが今はどうにも気になって・・・。

この日、親も同席していて、「うちの娘で練習させるのか!!」とかなり憤慨してましたが
(もちろん、診察室では黙っていましたが・・・)
この時は、とにかく縮小手術が重要だったので聞かなかったことにしてたんですよね。

もし、時間の余裕があったらk病院の現主治医に「できればセンセイに」と
お願いしたいと伝えました。
このセンセイなら、信頼できる。命を預けることができるって
今回の妊娠騒動(?)と入院で思いましたから。

だから、
どうか病気が進んでいませんように。
悪化していませんように。

どうか、GWを穏やかにすごせますように。
今は、これが一番の願いなんです。



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緊急入院

  • 2009/04/13(月) 08:20:34

本来なら妊娠3ヶ月に入りました。

でも、今日から入院です。

妊娠7W3Dにクリニックで、心拍の確認できず。

7W5D、K病院でも心拍確認できず。

「胎嚢は大きくなっているけど、赤ちゃんの成長は止まっている。
体は勘違いしている状態で、妊娠状態を継続中なので
ソウハ手術で、処置が必要」といわれた。

繋留流産というみたいです。

超音波でお腹の中を見るたび、つわり症状が強くなるにつれ
とにかく、生みたい!
そう、ひそかに心に決めていたけど、だめだった。

一体、なんなんでしょう。

摘出直前で妊娠するなんて、ミラクルとしか思えなかったのに。

ただ、苦しさと、辛さと悲しさが新たに上乗せされただけだった。

そして、がん。

今、進行しているのか留まっているのか、
同時に検査することになりました。

繋留流産の処置と、子宮体部腫瘍 これが今回の
ソウハをする理由です。

だんなと何日も抱き合いながら、大声をあげながら泣いた。
なんで、次から次へと苦しいことしかおきないのだろうと。

まだ、体温は37度を超えているし、少なくなったけどつわり症状もある。
胸も張って痛くて仕方ない。でも 強制的に妊娠は終了です。

そして、もう後は摘出するしか道がないようです。

どうしようもない現実

  • 2009/04/12(日) 09:14:59

更新が全くできない状況でした。
正直、ブログを閉鎖しようかと思いもしましたが・・・。

前回のブログに書いたように、G3では子宮温存は無理といわれ
摘出手術を覚悟し、がん専門病院G病院に予約をいれました。

病院に行く、4日前、生理1日前に妊娠検査薬が陽性になった。
 
嬉しいはずなのに、この先どうなるのか怖かった。
去年、2回連続で流産しているので、とりあえず病院を延期した。

1週間後(妊娠周期5W2D)、去年まで不妊治療でお世話になっていたクリニックに行って
検査をしてもらった。
初めて、胎嚢が見えた。
初めて、おなかの中に妊娠したという証を見た。

「妊娠していますよ」と言われた。ただ、がんで妊娠した人を診たことがないので
産院を紹介できないし受け入れ先もないだろう。
がんも同時に診て貰えて産科もある、今かかっている病院へ次週に、
心拍が確認できたら、移動するようにとのことだった。

この時、かかっている病院がなかった。
思いもよらないことが、次々起きてパニックだった。

そして、考えて考えて元のK病院に戻った。
受け入れてくれなかったら、どうなるのだろうという恐怖と不安を抱えたまま。

センセイは開口一番、「G病院で手術してなかったの?」とおっしゃった。
当然です。顔も見れなかった。

G病院の紹介状を渡していたけど、1度だけ妊娠にトライしたいと私がいったことで
会議をかけられ、数ヶ月不妊治療をしてもいいという結果になったこと、
病院を追い出されるように出されてしまったこと、そして

妊娠していることを告げた。

センセイは、声を裏返して「妊娠したの!おめでとう!」
って、手を握ってくださった。
この時、順調にいけば出産できるのだと本気で思っていた。

超音波検査の時、さらに大きくなった胎嚢の他に卵おう嚢も見えた。
3月に失っていたはずの私の子宮の中で、赤ちゃんが成長しようとしてるって、
本当に嬉しかった。

でも、センセイはG3の人で出産した人は世界中でも一例もない。
妊娠中に、転移や進行の可能性が高い。
妊娠中期までは、がんの検査は一切できない。
どうなるのかは、誰にも予想できない。

そして選択肢は2つ。
自分の命を優先して中絶するか、子供の命を優先して出産に挑むか。
そんな話をされた。
妊娠すれば体がんでも、誰でも出産できるのだと思っていた。
まさか、こんなドラマみたいなこんな展開になるなんて予想もしていなかった。

自分の命か、子供の命か・・・、
ものすごい、尋常ではないことを言われてるのに、もう頭が麻痺して
よくわからなかった。

「あなたがG1だったら、手放しで一緒に喜んであげられたのだけど、
G3では・・・ね」と言葉を選びながら話してくれているのもわかった。

とにかく、答えなんてこの場で出るはずもない。
とりあえず、心拍が確認できてから考えることにした。

もちろん、その間にがんは進行しないだろうか、転移しないだろうかという
恐怖は抱えたままだけれど。

センセイは「来週来る時までは、心穏やかに過ごしてね。ひとまずは
おめでとうだから」と優しい言葉をかけられて、がん告知されて1年半、初めて
うれし涙が出ました。

快くまた私を受け入れてくれたこと、クリニックの医者もいってくれなかった
「おめでとう」という言葉を言ってくれた、このセンセイの元に戻ってこれたこと
に感謝しようとそう思いました。

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